それでも、抗う|エッセイ・意見

【リアリズム】武器輸出賛成派の3つの論理と、私の怖さ

 

→ 前の記事:日本が武器を売る国になる?武器、売る側と買う側どちらが悪いのか。【防衛装備移転三原則】

前の記事で「各論への反論は別記事にまとめる」と書いた。これがその記事だ。

賛成派の論理は大きく3つある。

  1. 抑止力論:友好国を強くすれば、戦争が起きにくくなる
    もし友好国が十分に武装していれば、敵国は攻撃するリスクが高すぎると判断して手を出さない。理屈の上では筋が通る。

  2. 産業基盤論:売れないと防衛産業の技術が廃れ、自国防衛もできなくなる
    防衛産業の技術は一度失うと取り戻せない。いざ自国が危機に直面したとき、製造基盤がなければ自分の国も守れない。それも事実だ。

  3. 同志国連携論:米国一辺倒から脱却し、価値観を共有する国々と連携する
    米国一国に依存するのは不安定だ。複数の友好国と装備を共有し連携することで、安全保障の幅が広がる。

正直に言うと、どれも「なるほど」と思えなくはない。だからこそ、一つひとつ追っていくと、だんだん怖くなってくる。

抑止力論:武器が増えれば、平和になるのか

「友好国を強くすれば、戦争が起きにくくなる」

歴史を見ると、どうもそうじゃない。

第一次世界大戦は、欧州列強が軍拡競争の果てに起こした戦争だ。どの国も「防衛のため」と言っていた。でも、みんなが同じことを言いながら武装し続けた結果、1914年に火がついた。「安全保障のジレンマ」と呼ばれる。自分を守ろうとする行動が、相手にとっての脅威になる。相手も武装する。それがループする。

1962年のキューバ危機は、核を持ち合っていても戦争寸前になった例だ。回避できたのは、ソ連の潜水艦乗組員が「核魚雷を撃つな」という独自の判断をしたからだ。抑止が機能したんじゃない。運だった。

「でも逆に、軍縮したから戦争になった例もある」という反論がある。戦間期の話だ。英仏が軍縮を進める中でドイツが再武装し、第二次世界大戦につながった——という読み方は、政治の世界でよく共有されている。一定の根拠はある。

ただ、第一次世界大戦は軍拡で起きた。第二次世界大戦は外交と国際的な枠組みが機能しなかったことで起きた。武器を増やしても、減らしても、戦争は起きている。武器の量が決定的な原因じゃなかった。

怖いのはここだ。抑止は「今」には機能しても「永遠」には機能しない。武器が増えてお互いが拮抗した状態は、安定じゃない。一触即発だ。いつか何かのはずみで、爆発する。

産業基盤論:平和になると、困る産業ができあがる

「売れないと技術が廃れ、自国防衛もできなくなる」

産業を守るために武器を売る、という論だ。

この論の怖いところは、その先の構造にある。産業を維持するためには需要が必要だ。武器の需要とは何か。どこかで戦争が起きていること、紛争が続いていること、だ。

1961年、アイゼンハワー大統領は退任演説でこう言った。「軍産複合体の不当な影響力の台頭を警戒しなければならない」と。軍需産業が育てば、その産業を維持するために政治が動く。予算が増え、脅威が強調され、紛争が長引くほど利益が出る。

実際、ロシアがウクライナに侵攻して以降、米軍需最大手ロッキード・マーチンの株価は史上最高値を更新した。

平和になると困る産業を、国家が育てていく。一度入ったら、引き返せるのだろうか。

同志国連携論:地図に「ゴール」が書いていない

「米国一辺倒から脱却し、価値観を共有する国々と連携する」

「価値観を共有する」という言葉が気になる。

日本政府は国会で問われても、「同志国」の定義を示していない。「外交課題において目的をともにする国」という、どうとでも読める説明だけだ。民主主義の国か、人権を守っている国か、その基準はない。

実際に支援対象として名前が挙がっているのは、フィリピン、マレーシア、バングラデシュ、フィジー、ジブチだ。価値観が何かは定義されないまま、武器だけが動く。

「同志国と連携する」ということは、「誰かが戦っている間、需要が続く」ということでもある。気づけば、紛争が続く世界を前提にした議論になっている。

連携するなら、武器じゃなくていい。外交、経済援助、技術協力、手段はある。なぜ「武器」でなければいけないのか。こここそ誠実に答えて欲しいと思う。

3つの論

3つの論の根っこには、国際政治学でいう「リアリズム(現実主義)」がある。
国際社会には警察がいない。だから各国は自分で自分を守るしかない。武力の均衡が現実的な安定だ、という世界観だ。

この立場の人たちは「諦めている」わけじゃない。現実を直視した、責任ある判断だと思っている。

それでも

正確に言うと、リアリズムにおける「平和」は戦争が起きていない状態のことだ。本質的な解決じゃない。均衡が保たれている間だけの、休憩だ。

目次

最初から無武装的非暴力的平和をゴールに置いていない道の上を歩き続けることに、同意できない。
均衡は一時的にには安全とかもしれないけど平和とは違う。

そして怖いのは、この構造に一度入ったら出口が見えなくなることだ。産業が育ち、需要が生まれ、紛争が長引くほど利益が出て、また武器が売れる。その流れに、日本も加わろうとしている。

私はその怖さをここに書いておきたかった。
このまま進んだ先に何があるか、一度だけ想像してほしいなと思います。。

参考情報

賛成派の論拠・参考情報